白紙の答案 [小説]
「なぜ、白紙で出したのですか? 私は君の答案をとても楽しみにしていたのに。残念に思いますよ」
「白紙ではありません」
「同じことでしょう。名前しか書いていなかったのだから」
「名前は、書きました」
「それで?」
「名前は、僕の親が僕につけたもので、僕が生み出したものではないからです」
「うん。その通りだ」
「僕はまだ、生まれたばかりです。つけられた名前以上の言葉は、もっていません」
「なるほど。それじゃあ、いったいいつになったら、私は君の答案が読めるのでしょうね」
「僕が死んだあとにでも」
「それじゃあ、私には君の答案は読めない可能性が大きいんだな」
「ええ、自殺でも、しない限りは。ほとんど」
「まさか」
「まさか」
「しかし、残念だな」
「失礼ですが、僕の答案は、死人に向けて書かれるものではありません」
「私は、死人ですか」
「はい、いずれ」
「それは、誰もがそうでしょう」
「僕は、すべての生きる人間に向けて、僕の答案を提出します」
「ふむ。これを言うのは3度目だがね、私は残念だよ。本当に楽しみにしていたのだから」
「僕も本当は、読んで頂きたいのですが、まだ、あいにく」
「それじゃあ、約束してください」
「なんでしょう」
「必ず、君の言う、生きた人間に、君の答案を提出すると」
「そんな約束は、無理です」
「何で、そんな事を言うのですか」
「僕はまだ、生きていませんし、これから自分を生き切れるという自信もないからです」
「そうですか……。分りました。しかし私は、君を、信頼しています」
「有難うございます」
「それでは、行ってよろしい」
帰ってきた答案には、赤く、『A+』とつけられていた。
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