コーヒーと思惑 [小説]
奥で店員である若い女が電話している。
その日は不思議と、不機嫌にはならなかった。
こちらに気付き、電話を切って足早に僕に近づいた彼女の目元が微かに濡れていた。
見られたと悟った彼女は綺麗な指先で拭った。
「大丈夫ですか」
潤んだ瞳を見つめて僕は言った。
「ええ、平気です」
無理に微笑んで彼女は言った。
コーヒーを注文した。
彼女はコーヒーを洒落た紙コップに注いで差し出した。
一口飲む。
今日のはとくべつ苦い。
傍にあった透明のボトルには砂糖が詰まっている。
僕は手に取る。
突然ボトルの蓋がはずれて、大量の砂糖が熱いコーヒーに飲まれていった。
大袈裟に驚いて見せた。
カフェの女が少し笑って新しいコーヒーを淹れようとした。
笑顔はやっぱり素敵だった。
だから僕はこのコーヒーでいいと笑顔で言う。
今日のはとくべつ甘くなった。
それが甘くなることを僕は知っていた。
彼女がコーヒーを注いでいる間、ボトルの蓋を緩めたのは僕だったから。
2015-06-26 04:16
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