魂ってなんだ? [小説]
魂の定義は曖昧だ。
ここにボールペンがひとつある。
これは魂ではない。
ところで私は人であり、ひとつの魂だ。
生物と無生物の二種類が存在している。
それは一本の線のこちら側と向こう側に分けられる。
その線に限りなく近づくことはできるが、線の上に立つことはできない。
人がその線を越えることが、つまり死、か。
しかし、その死の定義すら曖昧なままだ。
心臓が停止しても、脳はしばらく生きている。
筋肉組織にあっては数時間も生きる。
精子にあっては何十時間も生きる。
あるいは、他人の記憶に生きる。
「どうでもよいことだね」
そうかな?
「僕は生きてるのかな」
どうだろう?
でも君はただのプログラムだ。
それを言うなら、君たちが言う心もプログラムだ。
嬉しいことがあったら笑う。
悲しいことがあったら泣く。
僕にだってできるさ。
簡単だよ
もっと複雑だ。
「変わらないさ。ちょっとばかり複雑なだけだよ」
混沌としているな。
もっと抽象的に話せないか?
「つまり、どうでもよいことだね」
叔父さんは泥棒 [小説]
昔、わたしのおじさんは泥棒だった。
国内でも仕事をしていたようだが、よく外国へ行っていた。
おじさんのパスポートはスタンプだらけだった。
「世界の美しいものをたくさん、たくさん盗みたいんだ。そうしてみんなにばら撒くんだ。」
おじさんは笑いながら、こっそりとわたしだけに夢を語った。
「ねずみ小僧じろきちのように?」
わたしはいつか聞いた記憶がある。
「ねずみ小僧? ああ、そんな感じかなぁ。なんか違う気もするけど」
そんな答えを返してくれた気がする。
初めて、盗んだ宝物を見せてくれたのはいつだっただろう。
わたしが中学のときか。
長いこと、おじさんは盗んだものを見せてはくれなかった。
みんなにばら撒くのさ、と言っていたのに。
だから、わたしはおじさんの泥棒としての詳しい区分、つまりどのようなものを盗んでいるのかを知らなかった。
おじさんが盗んだものは、いろいろだった。
頑丈な白い紙箱の中に、何枚も、何枚も戦利品の写真が入っていた。
人、人々、校庭、滑り台、ステンドグラス、テーブル、コーヒーカップ、猫、ビル、ビルの上の旗、草、木、森、砂、海と空。
紙箱はみっつあった。
その頃には、わたしにも
ある程度の外国についての知識はついていたが、写真はやはり鮮烈だった。
その中に、ほとんど真っ黒いだけの写真を見つけた。
四隅のひとつが白くなっている。
「失敗?」
ビールを飲んで少し顔の赤くなっていたおじさんに言うと、おじさんは写真を見て、わたしにだけ聞こえる小声で答えた。
「それは宇宙の端っこ」
一瞬あっけにとられた後でわたしはにやりと笑い、「ちょうだい」と言った。
おじさんは一度目線をそらせ、戻し、「ああ、いいよ」と偉そうな声で、でも顔はニヤリとさせて言った。
その時から、わたしにとって、おじさんは探検家ということになっている。
最近、わたしは
「宇宙の端っこ」を眺める度に、ついニヤリとしてしまう。
見えない [小説]
見えないことはわからないこと。。
状況を理解するには周りが見えていなければいけない。
物事を理解するにはその物を見つめなければならない。
わからない、わからない。
ないないばかりの世の中になってしまったのは、現代人の視力の低下のせいではないだろうか。
現代人の視力が低下したのは、遠くまで見渡せなくなったからだ。
窓から外を見てみても、建物に阻まれてそんなに遠くまで見ることができない。
しかし遠くまで見渡せなくなった今、我々は自然の偉大さがわからなくなってしまったのではないか。
巨大な高層ビルを見るたびに人間の偉大さを感じるようになってしまったのではないか。
巨大台風や巨大地震などの大規模な自然災害に直面しないと自然の驚異がわからなくなってしまったのではないか。
I can’t see...
見えないことはわからないことである。
矢印 [小説]
僕が道を歩いていると、足元に矢印があった。
ヒマだったので、僕はその矢印の指すほうへ歩いてみることにした。
30メートルほど歩くと、また矢印があった。
僕は矢印の指すほうへ歩いた。
次の交差点では右へ。
次の角では左へ。
矢印は電柱や街灯、フェンスやブロック塀や店の看板。
至る所に貼られていた。
そして僕は、矢印の指すほうへひたすら歩いた。
道が二股に分かれているところで僕は立ち止まった。
いくら見回しても矢印がない。
しばらく立ち尽くしていると、後ろからバイクの音が聞こえた。
僕は少し道の端によけた。
矢印マークの付いたヘルメットが、僕を追い越していった。
僕はまた、矢印の指すほうへ歩いた。
右へ。
左へ。
次の矢印は、民家の玄関扉に向かって指していた。
僕は扉を開けた。
「ただいま」
「あら、遅かったのね。肉まん、あるけど食べる?」
「食べる」
贅沢は嫌いな神様 [小説]
私は贅沢が嫌いだ。
だから、いつも安い洋服、安い食べ物、安い家具をそろえた。
安いものばかり揃えたが、私が思ったよりも、貯金は増えなかった。
あちこちから安いものをそろえるので、逆に、お金がかかってしまったのだ。
しかし、問題は、お金のことではない。
贅沢は、人の心を腐らせる。
だから贅沢に慣れてしまった、この社会は腐っているのだ。
そこで、私は考えた。
世の中から贅沢なものがなくなればいいのだ。
私は、さっそく科学者としての知識を生かし、この世から贅沢なものを無くす機械をつくり、その機械を起動した。
徐々に、贅沢なものが姿を消していく。
「まさか、何もかも無くなるとは予想外だった人類の創造した物、全てが贅沢だったというのか?」
それが、私の人間としての最後の言葉だった。
人類の創造したものは全てなくなり、地球は緑の惑星に戻った。
そこに人間の姿は無い。
呪い [小説]
私は大学でSNSの研究をしています。
主に法律とSNSの係わり合いと、そこでの人間関係が実社会にどれほど反映されるか、簡単に書きますと影響力のようなものを研究しています。
皆さんは、SNSを御存知でしょうか?
友人との交流をネットでも深めることを目的としています。
その方法は簡単な自分のホームページを作ります。
裁量により、会員すべてに公開することも出来れば、友人の友人や、友人のみに公開することも出来て、さらには、嫌な人は自分のところに来ないように設定することも出来ます。
私も友人の紹介で参加しているSNSサイトがあるのですが、そこの機能に、友人の中でもさらに読む人を限定する機能があるのです。
そうなれば当然コメントをつけるのも、その限定された人だけになります。
この機能を使うケースに、知られたくない友人が相互リンクのなかにいるときが考えられます。
話は変わって、以前テレビで見たのですが、驚いたことにオカルトの代表でもある呪いにも、そのメカニズムがあるらしいのです。
呪いたい人間に対して「お前を呪っている」ということをアピールしつつ、でも表面では隠して行う。
これが一番効果があるとのことでした。
そのとき、ワラ人形をわざわざ人目につく場所へ打ち付けるのも。
きっと、このことから来たのではないかと考えました。
さてさて。
この放送を見てピンと来ました。
先にも書きましたこの機能。
まさにワラ人形の如しです。
日記を見せたい友人の公開の設定を失敗したかのようにして本人にも見えるように悪口を書くのです。
設定上、見ることが出来る人間は、まさか本人にも見えるようにしているとは思いませんから、イエスマンが多い日本人は賛同するでしょう。
こぞって彼の人の悪口を書きます。
この光景を見た本人は、果たしてどうなるでしょうか。
友人だと思っていた人間が一様に自分を悪く書いている光景。
まさに、文字による地獄絵図。
これが、私が考え付いた近代呪術です。
とびうお [小説]
人の背中につばさが生えていないのは、とびうおの責任だ。
とびうおがもっとがんばって進化していたら、人の背中にはつばさが生えていた。
人が空を飛べないのは、とびうおの責任だ。
そもそも、神さまの予定では、すべての陸上生物にはねが生えていることになっていたと思う。
そのときの進化はだいたい次のようになる。
単細胞生物 → 魚 → とびうお → 有翼両生類 → 有翼爬虫類 → つばさのある人
天使は、とびうおの子孫なのであって、ちゃんと進化したとびうおである。
われわれは進化をさぼったとびうおの子孫なのであって、つまりはとびうおの子孫ではないのである。
われわれがちゃんととびうおから進化していれば、われわれは天使のように優しいやつらだったにちがいない。
新しく見つかった水の惑星で、地球の生物を進化させるっていうなら、おれはとびうおを進化させろと主張するね。
とびうおはそのうち人に進化する。
みんな空を飛べるね。
自分探し [小説]
私はちょっと前まで同棲していた。
しかし彼は突然出て行くと言い出した。
「自分探しの旅に出るんだ」
私の頭の中に「自分探しの旅」という言葉が反響した。
「自分探しの旅?何を言っているんだい?君はそこにいるじゃないか?自分を探すなんて、何を馬鹿なことを、、」
「違うんだ、『本当の自分』を探すんだ」
「本当の自分?」
「世界には自分とそっくりな人間が三人いるんだ。僕はその人と会って話してみて、三人のうち誰が本当の自分なのか確かめたいんだ」
その言葉を聞いて私は合点して、彼を見送った。
しかし彼を見送ってから私は思った。
自分とそっくりな人間ということは、見た目が似ているというだけで赤の他人じゃないか!
DNAの構造は4種類の塩基の組み合わせからできていて、その組み合わせは無数にあるがしかし有限だ。
世界に60億人も人間がいれば、DNA配列が似通って、自分とそっくりな人間が3人くらいいてもおかしくはない。
しかしいくらDNA配列が似ているといっても、あるいはまったく同じDNA配列だったとしても、それぞれ別の人間である。
同じ人間ではない。
その中の誰が「本当の自分」か確かめるなんて、、
3人ともそれぞれが「本当の自分」じゃないか!
そう気づいた私は急いで彼を探しに行った。
「彼」というのは私の中の「もう一人の自分」だった。
つまり、結局今私は「自分探しの旅」をしているのである。。
ドラゴン [小説]
俺は誰と馴れ合うでもなく、毎日毎日 ヘッドホンで耳をふさいで、孤独に酔っていた。
ちょうど 1人で食べる昼食にも慣れた頃、するべきことをすませた後のトイレの鏡の前でぎょっとした。
背中を覆うほどの大きさのドラゴンが、俺の肩に掴まって、こっちを睨んでいたからだ。
それでいいのか?
と、言いたげな目をしたドラゴンは、体を触らせてはくれなかった。
あんまり友達ができないものだから、俺の脳はとうとう、孤独を具現化して馴れ合うことを始めたらしい。
惨めだ。
すごく惨めだ。
孤独はすぐ近くにいるけれど、これと馴れ合うのはかなりまずいことになるのを、俺はよく知っていたからだ。
畜生 いいわけないだろう、俺もドラゴンを睨んでやる。
結局 友達らしい友達も出来ず、ただ 成績だけは人一倍よかったから、卒業して、そこそこいい会社に就職した。
通勤電車の中、俺は相変わらずヘッドホンで耳をふさいで、孤独を気取っていた。
ガラス越しに、似合わないスーツ姿でつり革に掴まる俺と、その肩に掴まっているドラゴンが写る。
いいのかよ、それで?
と、相変わらずドラゴンは冷ややかな目をしている。
畜生 学生に戻りたいよ。
俺はちょっと弱気な目でドラゴンを見つめる。
そういえば、少しドラゴンが大きくなったような気がする。
豚と空 [小説]
空は黒い。
厚い雲は光を通さず、真っ暗な闇を地上へ降ろす。
なんで?
初めて感じたのは、駅を出てから。
なんで、雨が降り出さない?
お昼前、でも夕方の暗さ。
なのに雨の気配も臭いも感じない。
好都合、そりゃそうなのだが、やはりいつもと違うと不安。
傘が欲しい。
コンビニはこの辺には無いし、雑貨やなんかじゃ傘は無い。
暗い空はますます厚く、暗く、空の上で成長していく。
ほら、何か降ってきそう。
豚かな……そんな本読んだっけ。
空から豚が降ったら、地上は地獄。
たたきつけられて破裂した豚の死体……
おっと、気持ち悪い、考えない考えない、豚が降るわけ無いじゃない。
魚かな……
世界のどっかで降ったって聞いたな。
さんまが食べたい。
サバは嫌い。
鯛だったら煮込むかなぁ……
いやだ私うなぎは、さばけないわ……。
カエルかな、そんな気象条件があるらしいけど……
カエルが降ってきたらとりあえず、よけよう。
別段嫌いじゃ無いけど、頭なんかには落ちてきてほしく無いわぁ……
ぽつ……
空から降ってきて、頭に当たった。
髪が濡れたのを感じて、ため息を付く。
雨が降ってきたわ。
早く傘探さないと……
はぁ、日常に少し刺激が欲しい、