ドンキ [小説]
男は腰にぶら下げていた鍵束を外すと、陳列ケースの下段からクリスタルの灰皿を取り出した。
「これなんかどう?」
男は床に片膝をついたまま上目使いで彼女に灰皿を差し出す。
夫のシャツに嗅いだことのない香水の匂いがついていた。
いまいましい。
彼女はシワだらけのシャツを丸めて洗濯機の中に放り込んだ。
いったい何度目の浮気だろう?
惨めな自分の半生を振り返るたび、つめたい怒りが彼女の胸の内側をひたひたと満たしてゆく。
翌日、彼女は入念に変装をして、ビックリ鈍器を訪れた。
人目をうかがいながら自動ドアを抜ける。
店内はいやに薄暗かった。
さいわい店内には彼女の他に客はいなかった。
店の奥のカウンターの中でスポーツ新聞を開いていた店員がちらりと顔を上げる。
彼女は男と目を合わせぬように気をつけながら、鈍器を物色しはじめた。
「奥さん」
突然声をかけられた。
いつの間にか彼女の背後に店員の男が立っていた。
「殺しは初めて?」
彼女は黙って頷いた。
「旦那さんかい?」
彼
女はふたたび頷く。
男はため息をついた。
「最近そういう人多いのよ。嫌な時代だねぇ」
男はまるで人ごとのように肩をすくめた。
人殺し用の凶器を売って儲けているくせになんだと彼女は思ったが、もちろん声には出さない。
男の分厚い手の中で、華麗にカットされたクリスタルが照明を浴び、ぎらりと鈍く光った。
「女性の手でも握りやすいし、重さもちょうどいい。こいつでこめかみをガツンとやりゃあ一発だよ」
その日の夜
彼女は手渡されたそれを夫のこめかみに全力で振り下ろした。
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