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九回裏 [小説]


 

 

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夕暮れの住宅街をうす汚れた軽トラックが走っている。

軽トラックには拡声器が搭載してあり、そこから皴枯れた男の声が響く。


「九回裏はいらんかえ~!九回裏はいらんかえ~!」


その様子を見ていた近所の若者が面白がって軽トラックを止めた。



「すみません、何を売っているのですか?」



「九回裏を売っているんでさあ」



「九回裏というと、あの野球の?」



「はい、そうでさあ。野球の九回裏でさあ」



若者はいよいよ興味が湧いてきた。


「ちょっとわからないなあ。なんで九回裏なんて売ってるの?」



「ご存知の通り、野球の試合は九回表で終ることが随分あるさあ。だからその行われかった九回裏をオラが引き取って売ってるんでさあ」


若者にはいまいち理解できなかった。



「なんか信用できないなあ。ほんとに九回裏なんて持ってるの?ニセモノなんじゃない?」



「とんでもない!オラは生まれてこのかた嘘ついたことなんていっぺんだってえ!裏表のない人間さあ」



「ふ~ん。でも訳わからない商売だなあ。おじさんだってまだ若いんだから他にも仕事はあるでしょ?」



「とんでもない。オラみたいな老いぼれはどこも雇ってくれないさあ。なんせオラの人生がもう九回裏だもの・・」






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