時間屋 [小説]
夏休み最後の日であると同時に、毎年終わりきらない宿題の山を抱えて途方にくれる日でもあった。
「ほんとに戻れるの?」
「ええ、戻れますとも」
その現実から逃げるようにふらふらと外を歩いていると、今まで見たことのない店を見つけた。
看板には今にも消えそうな字で『時間屋』と書いてある。
興味を覚えて店に入ったのも、当然のことだった。
「このカレンダーに印をつけたら、その日まで戻れます」
そういって店主はところどころ虫食い穴の開いた古い8月だけのカレンダーを、僕にも見えるようにカウンターに置いた。
にわかには信じがたい話だ。
「ただし時間が戻るだけで、勝手に宿題が終わるわけではありませんので」
カレンダーを手に店を飛び出していこうとする僕の背中に、店主はそう声をかける。
聞こえていたのかいないのか、僕は手を振りながら外へと走って行った。
「またのご来店をお待ちしています」
意味ありげに店主は笑みを浮かべると、しまったばかりの扉をじっと見つめていた。
「ほんとに戻れるの?」
「ええ、戻れますとも」
店主はところどころ虫食い穴の開いた古い8月だけのカレンダーを、僕にも見えるようにカウンターに置いた。
同じ会話、同じ応対、そして同じ時間。
しかし、それが13回目になることを僕は知らない。
2015-06-07 01:51
nice!(0)
コメント(0)
トラックバック(0)
コメント 0