妖女 [小説]
夜明け前、夜が黒色の世間を脱ぐ頃、渓谷の沼に青年は佇む。
細波が枝の闇に初期化された露色の気配を反射する。
振り向くと、弾力を包んだ草上に湿気の軌跡が足元まで繋がり。
蓮は、底なしの混濁に蕾を広げ浮いていた。
妖女の足許。
瞳孔が、さまよいながら面前の花弁に拡張する。
関数的曲線、数的企図。
輪郭が額の内部をも焼きながら騒ぐ。
無機を装う生体の花弁は、青年を引き入れる。
落ちる。
抗う。
傾れる。
息詰まる。
青年は瞼で思考を伏せ、世にしがみつく。
息を戻す。
洞窟の向こうに在ったのは「妖」。
妖女の身体が纏う生ぬるいゼラチンの球根に共生する精気だった。
青年は深く深く
後悔を感じた。
2015-06-14 06:43
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