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風鈴 [小説]


 

 

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滝のような蝉時雨でさえ隠せない風鈴の音がひとつだけ、チリンと聴こえた。


風はなく、時間は止まったように感じられる。


風鈴が退屈に飽きてひとりでに鳴ったのかもしれない。


川辺に張り出した茶屋の席。

真下に伸びる林道は、相変わらずの炎天下で。

あそこから見上げれば、成る程いかにも涼しげである。



向かいに座る若い恋人がゆっくりと水羊羹を切り分けていた。



はっ、と彼女も風鈴の音に気付いたようで、美しい黒髪をかき上げた。

ちらりと見やれば、そのやわらかい産毛の生えた白い耳にひとつぶの硝子玉の風鈴が掛かっていた。

窓辺を探しても風鈴など影も形も見つからない。

いまのは彼女の耳の風鈴が鳴ったのだろうか。


チリンとまた鳴り響く。


他の客は誰も振り向かない。


私だけに聴こえる硝子玉と風の囁きが、夏の雑木林に吸われて静かに透き通っていく。






タグ:風鈴 小説
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