絶望薬 [小説]
薬売りが、奇妙な薬を開発した。
薬売りは、その薬に絶望薬と名付けた。
名前の通り、この薬は飲むと絶望してしまう薬なのだ。
こんな薬、どんな時に使うのかと思われるかもしれないが、意外と使い道は多い。
ある日、薬売りは病院に呼ばれた。
「今日はどんな御用でしょうか?」
「少し厄介な患者が居てね。末期ガンなんだが、なかなかそれを認めようとしない」
いつもの仕事だ。
絶望薬を与えれば、生きる希望が無くなり、自分が死ぬ病気だということを認めてくれるのだ。
今の世の中、患者の承諾なしに医療行為はできない、その隙間の商売だ。
もちろん、そんな薬を勝手に処方をしたら問題になる。
しかし、薬売りは病院の人間ではないし、この薬は痕跡が残りにくいので、問題になったことは無い。
「誰ですか、あなたは」
指定された部屋に行くと、12~3の少女が居た。
特に珍しいことではない、今まで老若男女、あらゆる人間にこの薬を処方してきた、今回も成功するだろう。
「薬を打ちにきたんだ。注射だけど大丈夫かい?」
この時、病院の名前などをだしてはいけない。
あくまで無関係な人間なのだ。
「注射ぐらい大丈夫です」
きつめの口調だ。
初対面で警戒しているのもあるが、もともと気が強いのだろう。
少女の腕に注射器を刺し、薬を注入する。
これで2~3日もすれば成果は出るだろう。
少女の病室を後にして、医者のところに戻る。
「処方してきましたよ。お金のほうは大丈夫ですか」
医者から、分厚い茶封筒を渡される。
かなりの報酬だが、きわどいことをしているのだから当然ともいえる。
「そういえば、今回の依頼主は誰なんですか?」
いつもは気にならないのだが、なんとなく興味がわき質問をしてみる。
「本来秘密なのだが、君なら大丈夫だろう。あの子の両親だよ」
なんでも、自分の子供が日に日に、痩せ劣り、苦しみながら、なお生きようとするのが耐えられなくなったそうだ。
なんともありふれた理由だ。
病院を後にする時、あの少女が居た病室を見上げる。
仕事の後、よく希望薬を作りたくなる。
その効果も、調合法も知っている。
しかし、このゆがんだ世の中は、希望薬を求めていないようだ。
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