林檎 [小説]
キッチンで君が林檎を剥いている。
肩の辺りで切り揃えられた黒い髪が、浮き立つような白い横顔を覆っている。
クルクルと器用に林檎を回しながら、スルスルと皮を剥く、君の細くしなやかな手。
「林檎が似合うな…君は」
何気なく僕がそう呟くと、君は振り向いて、首を傾げる。
「それって褒め言葉?」
「どうだろう…思ったままを口にしたんだけど」
君は少しだけ微笑むと、黙ってまた林檎を剥き続ける。
この居心地の悪い重い沈黙は何だろう。
君と僕との間に、何万光年もの距離があるように思えてくる。
僕の心を読んだかのように、君はおもむろに口を開いた。
「ねえ、こんな話知ってる?」
「なに?」
「太陽を挟んだ向こう側に、地球とそっくりな惑星があって、でも、同じ公転で回っているから、地球からは絶対見る事ができないんだって」
「ん~聞いたことあるような気もするけど、それがどうかしたの?」
「私達みたい」
皮を剥き終わると、君は林檎を形よく切り、軽く塩水を通し、透明なガラスの器に盛った。
「どういう意味?」
僕の問いに君は答えず、切った林檎を一つ手に取り、一口齧ると顔をしかめた。
「ねえ、知ってた?」
「えっ?」
「本当はね、私、林檎が好きじゃないの。噛む時のね、このシャリシャリって音が嫌いなの」
それから君は、テーブルの上の赤い林檎を一つ、ポンと僕に放り投げた。
林檎はクルクルと回りながら放物線を描いて、二人の間の床にごろんと転がった。
「あのね、そんな惑星ないのよ。地球は楕円軌道だから、存在する事さえあり得ないんだって」
君は悲しそうにそう言った。
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